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no.685 aldebaran
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via.wiki
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アルデバラン(Aldebaran)という名前は、アラビア語のアル・ダバラン(Al Dabaran)に由来する。これは、「後に続くもの」という意味であり、アルデバランが東の地平線から昇ってくるときに、プレアデス星団の後に続いて昇ってくることからの命名である。また、コル・タウリ(Cor Tauri)という名前もあり、これはラテン語で「牡牛の心臓」という意味である。アルデバランは心臓に当たる場所にあるわけではないが、アルデバランのオレンジ色が心臓を連想させたのだろう。英語では、ブルズ・アイ(Bull's Eye)「牡牛の目」と呼ばれる。日本にも、後星(あとぼし)、統星の後星(すばるのあとぼし)、統星の尾の星などという、アラビア語と同じ発想の名前が見られる。また、赤星という、色に着目した名前もある。
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人との出会いがそうであるように
時に、出会うべくして出会う言葉がある。

今年の春頃から動き出す新しい企て"Aldebaran(アルデバラン)"。
恩師たちに"継続すること" "声に出すこと" "挑戦すること"これだけは忘れずに生きろと叩き込まれた僕の人生は、常に挑戦的に自分の価値観を提示することでしか開花させれない。むしろ、それこそが僕自身の存在証明のようにすら感じる。

この新しい企画は、個人が一メディアとしての役割も果たし、インフルエンサーとしてどこまでの影響力を獲得できるかの挑戦であり、同世代の人間を刺激し、できれば鼓舞できるような、そんな動きを見せていきたい。

嬉しいことに僕が気ままに綴る日常に興味をもっていただく方が増えてきて、
だてに600回以上も更新できているわけで
4月からは自身のメディアとして"Aldebaran"で僕の日常を公開し、定期的にant magazineでやっていたようなことのグローバル版を展開する予定です。

都道府県の境目が見えないように国境や人種の壁ってものは、
僕らの世代ではたいした意味を持ち合わせていない。

ただ日本、とくに東京にいて
なんて世界と隔離された状況なんだろうって思ったことがある。
たしかに町中に様々な国の人があふれているんだけど
どこか僕日本人、あなた外人。
みたいな疎外感を自己生成している印象だった。

80年代以降に生まれた子供たちは
僕が生まれた年代ということもあり、
そういったボーダーは気にも留めずグローバルな視点でコミュニケーションをとっていくだろうし、旧人たちが太刀打ちできない価値観で物事を動かすだろう。

20歳のころ
僕らがとても尊敬する姉御さんに
「この子たちが次世代を担っていくんだから」
って紹介されたことがある。

それを言われたときにただただ嬉しいという感情と
並々ならぬプレッシャーを同時に受け止めたことを今でも思いだせる。

次世代を担うということは、
新しい時代を創る、ということだ。
旧人の知恵とニューエイジの価値観
上の世代がポカンと口をあけてペンを落とすくらいの
到達できな距離にこのプロジェクトを羽ばたかせたいなと思っている。

言語は英語。
秋ごろりリースする媒体Xを一緒に創るメンバーは
・スウェーデン
・日本
・シンガポール
・アルゼンチン
・中国
まだまだ増えていくつもりだ。
そして皆、僕らと同世代。
恐るべき子供たち。
大人ができないことは、僕らでしかける。
僕の価値観の提示であり、
80年代への威嚇であり、鼓舞である。

喧嘩を売る訳でもないけれど
それぐらいの勢いでこのプロジェクトは動き出してる。
この灯火を灯したのは、
世界中の同年代のクリエイターたち。
一緒に悪巧みしよーぜ。へへへ。

言語の壁にビクツイているってことは
60億以上の可能性との決別であり、
地球規模で見るとビビっている存在のことを「不可能」と命名するのが適してる。

なんとなくでも
心のあたりでもやっとしたクリエイションがうごめいている人は
それを捨てて生きるか、それを育んで生きるかの選択だ。

僕は後者だ。やっと大人の入り口まで来た僕の挑戦。
ドキドキして寝れないや。
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by nanook_mdfc5 | 2008-03-09 00:29 | 日記
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