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by nanook_mdfc5
no.659 ある記憶屋の夢
ひび割れたコンクリート。ガラスが割られた車。半分の車体は黒くこげていた。
この街で一番大きなビルの上空には無数の黒い点が群がっている。
目を凝らすとそれらは鴉だと気づく。死んだ街に群がるカラスの群れ。
今は此の町に住む人々は、ごく僅かとなっていた。

一時は繁栄を極めたこの街もメルトダウンにより、この街の命を一瞬にして奪い去っていった。このとき、この星には“エネルギー”と呼ばれるほとんどのも物質を使い尽くし、新エネルギーとされる人工の力は、無限の力を供給する見返りに大きな代償を要求した。

エネルギーコアセンターが崩壊してから数年の月日が経過し、
その都市は近隣の都市を追われた人間が住むお世辞にも治安の良い場所とは言えなかった。

私はそこでとある人間を捜している。
その人はメルトダウン直下に身を置きながら
生還したもののその影響で自分が何者なのか、それらのすべての“記憶”をあの瞬間に置き忘れた男だった。

メルトダウンから数年が経過したこの国では、ある法案が可決される。
それは自己メモリ増設および書き換えを禁止する法案だ。
この法案が可決される以前にある職業が存在した。

あらゆる電子機器はネットワークで統治され、人工知能により生成されたスティールウィルスが蔓延していた。あらゆる企業が自社の機密情報を、軍はその軍事情報を厳重にブロックする必要があったが、数年で人知のおよばない領域にウィルスは自己成長を遂げ、セカイはすべての情報を閉ざす。

そんな中、ネットワークから断絶した記憶回路があった。
人間の脳である。人類は対ウィルス対策に自信の脳に電子回路とは別の全くオリジナルな自己メモリを搭載することに成功する。
自己の脳を記録メモリとして生きる彼らは「アーカイバー」と呼ばれた。

しかし、それは人間の脳に増設する新ロジックであり非常にリスクの高い物だった。自己メモリを増設し、あらゆる書物をストックする人間もいれば、その知識過多により精神崩壊を起こすもの、人間特有のバグをおこすもの様々だった。

ただこの増設手術に成功した者は、
莫大な金額が詰まれ、様々な企業の超機密情報を自身に保存し、
企業に守られながら悠々自適な生活が保証されていた。

そのメルトダウンを起こした張本人が、このメモリ増設による“バグ”保有者だった。
そのエネルギーコアセンターの機密情報を保存したその男は、あることを知る。
それ故にコアセンターを破壊し、自身の命を捧げ数万人の命を奪った。

彼が保存していたデータは彼の頭のみに保存されている。
それが正式な診療メモだった。ただ生前の彼を知っている私は知っている。
彼が共有デバイスをすでに出会った頃から内蔵していることを。
そして、それを共有している相手を。そして彼が起こした事故は“バグ”のせいではないことを。

共有デバイスは脳内に内蔵され特定に共有者と記憶情報を共有/書き換えが可能とする。それを保有している人間は、いわば自己メモリの限界が訪れても他者の記憶部を活用することにより共有者と無限の知能を共有できる。

ただこれはアーカイバーが違法と定められる前に法令で共有処置の禁止が定められていた。つまりこれはスティールウィルスを生んだネットワークを人間の脳で再構築することに他ならないからである。

私がその男を見つけたときには一瞬目を疑った。
口から涎を垂れ流し、ボロボロの服は所々穴があいていた。
髪はほつれはげ上がった頭をコンクリートビルに打ち付けていた。
その男こそ、コアセンターを破壊した男の記憶共有者。
メルトダウンで記憶を奪われた元記憶屋だった。

彼を強く揺すりしっかりしろと大声をぶつける。
ただ涎を垂らして私の顔をみると声ともつかない声を漏らし
地面にうなだれ横になる。目が空ろだった。

私には欲しい情報があった。
そのコアセンター崩壊の引き金となった彼らの情報。
それこそが今の人類に必要なものだった。
現在、コアセンター崩壊により、世界中のエネルギー供給が停止しているのだ。
私の街が私の家族が彼らの命がろうそくの灯火のようにうつろっている。

コアセンターが生み出したエネルギー源の生成方法。
それを知る者が、あの事故以来、このセカイには存在していないのだ。
ただ唯一、共有者である彼が保有しているであろう生成方法を目の前に
ただただ絶望を感じてる。

目の前の彼は完全に自身を失い記憶がデリートされているのだ。
絶望に突っ伏しているとある記憶が呼び覚まされる。
コアセンターを破壊した彼が、死ぬ直前に発信した各メディアへの電信。
その暗号とも想えるアルファベットと数字の連なりをボソリと唱える。

すると目をうつろにしていた男の目が、
私を急に見やる。決して瞬きもせずに。
私はもう一度暗号を唱える。

さっきまでの彼とは想えないほどのハッキリとした声で
「引き出したい情報を」と話し始めた。
コアセンターの開発者名簿。
そう言葉を返すと彼は数百いるであろう開発者の名前、年齢、国籍、住所、電話番号をまるで機械のように話し始める。
ビンゴだった。コアセンターを破壊した男が放った最後の情報が、共有者の鍵をあけるキーとなっていたのだ。

一通り個人情報を吐き出した男は黙ったまま私をみる。もはや共有している記憶しか持たない彼はまるで機械のようだった。

私はしずかに質問をした
「コアエネルギーの生成方法を教えてくれ」

静かな時間が流れた。
彼から聞かされるエネルギーの生成方法。
その情報を伝えた後に彼は座り込み一息ついた。
彼にはなしかけると返事がなかった。
耳から血が頬を伝わり、地面に落ちた。
アーカイバー特有のメモリオーバーによる病気だった。
搭載できる情報を超えた情報量によるオーバードーズ。
彼は事切れていた。

その生成方法は、誰にも伝えられない。
ネットワークが存在するところで言葉にすると
ただそれだけでスティールウィルスにより情報が拡散する。
今、セカイの心臓を再起動するキーは、不安定な私の脳みそのみが知る。
記憶デバイスをもたない生身の人間である私は家族の待つ街を目指す。

ただその生成方法は二度と実現はしまい。
私の知人であるコアセンターを破壊した彼がとった選択が、人類の最良の措置だった。
コアセンターが使用する人口エネルギーは、人々に電力を供給する代わりに人知の及ばぬレベルの放射能を放っていた。その放射は、人体に数十年潜伏し、ある一定の時期を過ぎると発症し、伝染、死に至るものだった。

バグの保有者だと死んだ後に指を指された彼だが、
そのコアセンター周辺の住民は皆、その影響を受け、発症直前の状態だったのだ。
無限のエネルギーを求めた見返りに人類に生まれ落ちそうだった伝染病をコアセンターの破壊とともに感染者を死滅させるという考え方。

彼がアーカイブしている履歴を共有者から聞いていた。
医療関連に軍事関連、生物学に人類史。
全能な彼が選んだ究極の選択。

やっと手にしたエネルギーの生成方法を僕の記憶の奥底に埋め、
私は絶望とともに我が街を目指す。
by nanook_mdfc5 | 2008-01-26 01:36 | 夢日記
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