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no.634 散文の蓄積
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閉ざされること。
けだるい演奏。
それゆえのグルーヴ。

6本の弦が窮屈そうにしなる様が目に浮かぶ。
ガレージロックをそれなりの音量で
誰もいない部屋で聴きながら言葉をしたためる。
日々今日の自分を文字にたたきつける。
暇なときに絵を描くけど俺には文字がしっくりくる。
文学ってロックにもなりうる。
こりゃまるで音楽みたいだ。

日記ならさ分厚いノートにしたためればいいんだろうけど
なんだか俺の場合、こうぶっちゃけたカタチの方が日記っぽい。
1人でコソコソっていうのが性に合わない。

学生の頃は部屋の隅っこでうなだれて
何回読んだかわかんない本広げては
「退屈だ」「暇だ」が口癖の毎日だった。

仕事を始めてからは、そんな生活が続くわけもなく
ある程度忙しく、ある程度給料も低く、やることといえば
ふがいない毎日を送る自分を呪うような日記を
永遠書き続けることが気付けば自分の救いになっていた。
こういうのって、すげー音楽的だなと思う。
ロックなのか、パンクなのか、はたまたジャズなのか
日常は色とりどりだけど、まーある程度決まった色か。

表現することで暴れだしそうな自由への感情を押さえ込んで
小手先の“日記”という表現で生まれたての自由への葛藤をあやしつつ
自分をだますように布団にもぐりこむ。
心や体はやりたいことで破裂しそうなのに大人になると
それらと上手にやっていく術を覚えちまうんだ。

鈍化鈍化、鈍化の渦だ。楽しそうに溺れて見える。
600回近く書き連ねた俺の感情の足跡のような日記。
魂からたれるシミのように右往左往しながら
蛇が這った跡のような日常の息吹。
これは俺が鈍化の渦から逃れるためにひたすら泳ぎ続けた傷跡みたいだ。

京都へ帰ってからは、
自分自身をなんだかまた音楽にぶつけたいなと思うことが多い。
文字と音楽は、気がつけば欠けては困る側面だったのかもしれない。

日記というか今日思ったことを適当に書き連ねるこの文字の塊も
ここまでの数になるとそれなりの意味をもちだすみたいだ。
散文を書き連ねるうちに気がつけば文字での表現に長けてくるのかもしれない。
(そう信じたい)

1日1mmでも継続して前に進むことをやりゃーいい
それが感情の捌け口でもなんでもいい
なんもやんねーより、鼻くそみたいなことをチマチマ日常に埋め込んじまえ。

そのちーさい鼻くそを3年とか5年とか貯めて
こんなデカイ鼻くそ見たことないだろ!って見せたら誰だって驚くと思うぞ。
まー鼻くそを集めることはおススメしないけど。

何がいいたいのかわからんない日記だと思ってんだろ
それでいいんだ俺の日記だし。
そうやってこうやってここまで書いているわけだ。
ただ何もせずに今日を終えようとしている自分を呪え!
何かやらなくちゃと思ってても何を初めていいのかわからない、
という人によく相談される。
(俺が自由にやっているかららしい)

最初は、やさしく聞いていたけど
最近気付いたのは、相談してくるやつらに限って
そういう「なにやっていいかわからない病」をいいわけにしている人間が多いってこと。
(全員そうだってわけじゃないけどね)

スバルは色々やりたいことあるからいいよねー

とほざくのだ。そういう輩はほざいていろ、と思う。
何をしていいかわからないあたふた状態を言い訳に
世論的なリスクを回避しようとしているだけなのだ。
やりたい感情を押し殺しているだけなのだ。

そういう人と話していると
押し殺されてる本当の感情が寂しそうな眼差しで俺を見つめるのだ。

これまであった「何やっていいのかわからない病」の患者は、
自分に生まれた興味を放置してしまったり、
自分の気持ちに気付いているの家出るのめんどくさいとか、
お金かかるとかの理由(いいわけ)で前に進んでいない。

特に現実的な障害があるなら(お金が必要とか色々)
それをクリアするための施策と無駄に生まれてしまう時間を
そのやりたいことに一歩でも近づくための努力を怠るな。

俺が中学のバスケ部で学んだことを
「目標に対して、どうアプローチするか」だった。
対戦相手の強い選手がいたら隣町までストリートバスケを挑みにいって調査したし、
右手を骨折したときは左手のドリブル練習を折れた腕をかばいながらもやったもの。

自分のあこがれる人がいたら会いに行けばいい。
連絡したら意外と会ってくれるし。
あこがれる人間の言葉は、本当に身にしみるぞ。

仕事は生きるため。
仕事しながらでもやりたいことって続けれるはず。
生きることに必死で個としての楽しみを失うと人生ってくだらないと思う。
寝て起きるだけにつらい仕事をやらなきゃってなると
本当、つまんねーと思うよ。

自分が気になっていることって
もしかすると自分の人生を揺るがす才能かもしれない。
もしかするとはずれかもしれない。
駄目だったときは違うこと見つけたらいい。
やらない病になるくらいなら告白魔みたいく
自分の才能にあこがれ続ける馬鹿であったほうがいいと思う。
だから毎日、何かにつながるかもしれないことを継続しよう。

今日は音楽を聴きながら指が動くままにキーボードをたたいてみた。
今日のこの日記が俺。俺の足跡。俺の感情の面影だ。
けだるい音楽が幕を閉じたので俺もーさー寝るかー。

明日はおみくじひいてくる。
何でるかなー。ごっつ不安。
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by nanook_mdfc5 | 2008-01-02 01:49 | 日記
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